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山の辺文化会議 2012-05-27
昼から山の辺文化会議の総会があるのだが 図書館で調べたいことがいろいろ有ったので 早めに家を出て 天理文化センターの駐車場に車を入れ 2階の図書館に行った 調べたいことの一つは 私たちは日記を書くに当たって 当然のように 晴れとか雨とか 当日の天候を書く 時には気温までも書いている このような日記の書き方は 子供のころに夏休みや冬休みに 宿題として日記を書かされた その時の日記帳の形式が 今でも日記の書き方として残っているのだった しかし昔はどうだったのだろうか 私たちのご先祖様たちは 私たちと同様に晴れとか雨とか書いていたのだろうか それが知りたかったのだ 11世紀のころは「天晴」「雨下」などと書いていたことは藤原道長(966-1028年)の日記 「御堂関白記」の原本写真を見て判っている 問題は 近世も同じ書き方が踏襲されていたのかどうか 「天晴」ではなく「空晴」という書き方が行われていたのかどうかが知りたかった 書架の日本の歴史のところを見ていて 一冊の本が目にとまった 文春新書 鴨下信一「面白すぎる日記たち」平成11年5月刊 だ パラパラとめくってみると 日本人は日記が好きで 昔から多くの人が日記を書いている そしてその書き方には日付と天候とがセットになっている として藤原定家(1162-1241年)の「明月記」を取り上げているのだった 明月記もまた御堂関白記と同様に「天晴」「雨下」の書き方なのだった さて こんな事をしている間に 総会の時間が近づいてきたので3階の会場に向かった そして滞りなく総会も終わり 和田萃先生の記念講演「影媛」を聴いた 昔は「光」のことを「影」と言った 「月影」とは月の光が届かない暗闇ではなくて 月光のことを言うのだ だから影媛もほんとは光輝く姫君で かぐや姫やそとおり姫のような絶世の美女だったに違いない だからこそトピックとして日本書紀に書き残されているのだろう # by ikutayasuhiko | 2012-05-27 20:42
健康講座 2012-05-26
「死病」は日本国語大辞典によると 読みは「しびょう・しにやみ・しにやまい」で 罹ったら助かる見込みの無い病だと書いている 医療の進歩した現代でも スキルス性胃ガンだとか膵臓ガンだとか 不治の病はいろいろ有るのだった 昨日は奈良市医師会館で 市立奈良病院 呼吸器外科部長の寺内邦彦氏の 肺ガンについての解説を聴いたのだった 肺ガンで毎年七万人ほどの人が亡くなっているのだとか 手術も昔と違って小さな孔を開けて スコープを差し込み モニターを見ながらの手術なのだという そして今日は奈良病院で 呼吸器内科部長の小林厚氏の 息切れを起こす病気の解説を聴いた COPD(肺気腫)は喫煙者は減少傾向にあるものの 患者はこれから増えてくる見込みなのだという 講座が終わって帰宅したら家内の甥の嫁さんが肺ガンで亡くなったと電話があったという 皆死病にとりつかれて死んで行くんだなぁ # by ikutayasuhiko | 2012-05-26 18:38
千巻心経 2012/05/25
寛文12年正月の14日 興福寺では「千巻心経」と呼ばれる心経会が開かれた 一乗院御用日記には「一 御祈祷 千巻心経有之 寺僧衆伺公 御振舞有之」と書かれている ところがこの千巻の巻の字が初めは堂に見えて 千堂心経と読んでしまった 辞書を調べても 千堂心経は載っていない しかし千僧供養が有るのだから千堂を動員する法会だって有るのだろう 興福寺は法相宗の御本寺のこと 末寺の数は千は超えるだろう と考えた しかし念のため千堂の堂に別の文字を入れられないだろうかと考えた そして千巻心経で再び辞書を引いたのだが これも辞書にはなかった 念のためにグーグルで検索したら 和歌山の長保寺が「般若心経の祈祷法」というのをアップしてくれていた 長保寺は海南市にある古刹で 紀州徳川家の菩提寺となっている寺だという 行ったことがないのだが 多分贅を尽くした結構なお寺なのだろう 本堂・塔・大門が国宝に指定されているのだという 機会を作って行って見たいものだ さて 堂も巻もくずし字では同じように見えるのだった 「般若心経の祈祷法」によると お寺での千巻心経の次第は 先ず三礼 出来れば五体投地 次 懺悔文 次 祈祷文 次 開経偈 次 般若心経読経 次 回向文 次 三礼で終了 だとある 一乗院門主の23才の真敬法親王は 寒い旧暦の1月14日の夜 興福寺の本堂で般若心経を唱えていたのだなぁ # by ikutayasuhiko | 2012-05-25 21:12
図書情報館
昨日は図書情報館での定例ボランティアの日だった 行ったついでに調べたい事が沢山あったので いつものように早めの昼食を食べて家を出た 調べようと思っていたのは 一乗院御用日記に登場する幕臣たちについてだった 時の奈良奉行である溝口豊前守 それから鈴木三郎九郎 その子の鈴木重辰 目付千本兵左衛門 同中根宇右衛門 そのほかにも本寂上人だとか いろいろあったのだった 図書館の駐車場に車を入れて 3階にあがって まず書架から「柳営補任」を取り出して奈良奉行・京都町奉行について調べた 奈良奉行の溝口豊前守はすぐ見つかった 「寛文十戌二月廿八日御使番ヨリ 五百石御加増 高二千五百石 溝口源左衛門 豊前守 信勝 天和元酉十月廿二日辞」とある 大宮先生が最近書かれた本の中で 奈良奉行の溝口豊前守について触れておられる 奈良奉行はそれまでは奈良に常駐することが無く 普段は江戸にいて若宮の御祭りの時だけ奈良に来るという勤務態勢だったのが この溝口豊前守の時から 原則奈良常駐と改められたのだと書いておられた だから正月二月には奈良に居ても 参勤と称して江戸に帰ってしまうのだった 丁度今読んでいるところがそれだった さて 知行二千石から三千石というと 遠国奉行としては標準的なところだろうか もうちょっと時代が下ると知行ではなくて切り米百俵から三百俵という旗本ではキリのクラスから登用されるようになる 梶野良材や川路聖謨などだ これらのキリ-クラスの人たちは上昇志向が強くて 名奉行と言われて業績も残しているのだった 「柳営補任」を読んでいる間に ボランティアの時間になって 切り上げて一階に降りた さてさて 表題の鈴木大明神だ 日記には鈴木三郎九郎殿が何度か出て来る 人名事典などで調べると 鈴木三郎九郎は三河出身 通称が三郎九郎で重成というのが正しいらしい 天草四郎の島原の乱で 幕府軍の総大将の老中松平信綱にしたがって従軍 戦功を立てたことにより 乱鎮圧後の初代天草代官になった 百姓の側に立って 年貢の減免を幕府に要請して入れられず そのため江戸で割腹自殺したと言われている 百姓たちは後年三郎九郎と兄の鈴木正三 それから正三の子で三郎九郎の養子となった鈴木重辰の三人を鈴木大明神として 鈴木神社に祀ったのだという この三人の生年と死去年は 三郎九郎が1587-1653年 正三が1579-1655年 重辰が1607-1670年だから この日記が書かれた1672年には三人ともあの世にいたのだった ちなみに養子の重辰は三郎九郎のあとを継いで 天草の第二代の代官を勤めた そのあと寛文4年からは京都の代官も勤めたとある この日記に登場する三郎九郎とは一体誰なのだろう 養子鈴木重辰の子に鈴木重昌というのがおるらしい 多分それが養祖父の名を継いだのだとおもうのだが 人名事典などには載っていないのだった # by ikutayasuhiko | 2012-05-24 10:16
車の入れ替え 2012/05/22
先日 出先でパワステが故障して JAFのお世話になった 結局EPSユニットを交換してまた乗れるようにはなったのだった ただいまの走行距離はおおよそ15万キロ そして今年の冬には15年目の車検が来るのだった いままでは故障らしい故障なんて無かったのだが これからはどうか判らないのだった エンジン音は快調で 走りには何の問題も感じさせないのだが 年老いた人が一見健康そうでも あちこち体の不具合に悩むように 経年の車は 目には定かには見えないが あちこちで摩耗・摩減 劣化が進行しているのだろう そしてある日 突然に走ることを拒否するにいたるのだろう やはり買い換えが必要なのかなぁ と 悩みに悩んだ末に 数日前ホンダのF氏に相談の電話をしたのだった こうして車に乗れるのも あとよくて2~3年というところだろう その2~3年を安心して乗れる安い車が欲しいのだった そして結局は百万ほどの中古車を買うことにしたのだが 考えて見ると 仮に3年乗るとすれば年50万程につく そしてこれに保険・税金・燃料・ETCと諸経費を加算すると ホント車って高くつくなぁ 免許を取って50年 いつも車を持って乗っていた B360 ファミリア スプリンター アコード パジェロ サニー そしてまたアコードといろんな車に乗ってきた いつも財布に相談して安価な車を買ってきた いつもホントに買いたい 乗りたい車は別にあったのだが そんなのは夢のまた夢だった 街中の中古車屋には 10万円を切る価格の車もある 安いから走らないかというと そんなことはない 不人気車種が古くなって 買い手がつかないから安いのだ しかしまぁ中古車は それまでにどんな乗り方 走り方をされたのかが判らない オイル交換などもせずに乗りつぶすような乗り方をされていることもある 車はいのちを積んで走っている そして もし暴走などして 他の車や歩行者などを傷つけるようなことがあってはならないのだった つまり ある程度信頼出来る 安心して乗れるものでなければならないのだった そう考えると 中古車でも百万ぐらいは要るのだろう まぁ車生活50年の締め括りとして 適当な車かどうかということだろうなぁ それは乗って見てからのことだなぁ # by ikutayasuhiko | 2012-05-22 19:38
天晴か空晴か 2012-5-21
一乗院御用日記を読んで まず面食らうのは 日付の下に変な字が書いてあることだ 2文字で上の字はウ冠に人足儿を書いている 冘のような字だ 冗談の冗の異体字にこんな文字があったように思う あれこれ考えて これは天なのだと気づいた 天晴と書いているのだ 天は 音ではテンだが 訓ではアメ・アマ・アマツ・ソラと読む 天晴で多分ソラハレルと読ませたのだろう そう考えて18日に提出した翻刻文は全部天晴としたのだった しかしこの文字はウ冠だから 天ではなく空だろう 空晴と読むのだろうと 大勢はそのようになったのだった しかし どうも納得がいかない 天と空とは昔は違うものとして使い分けていたのではないか 我々の住む地の対極にある天はドームの天井のように観念されていたのではないか 晴天・雨天・好天・荒天などのように 晴れるのは空ではなくて天であり 雨は空からではなく天から降り 天水などという言葉もある 一方空は 空々しい 空しいなど 天とは違う意味合いで使用されてきた それが 近代科学で雲の高さや 飛行物体の飛ぶところとしての空間という意味で 空という言葉が使用されてきたと思われる 昔の人は 日記に天候をどのように書いてきたのか 手元にある「御堂関白記」で調べてみた そして6例ほど拾い出したが すべて皆 天晴で 空晴は1例も無かった もっと沢山の事例を調べなければ断定は出来ないのだろうが 一乗院日記も空晴ではなくて天晴だと思う さて天晴と書いて普通はアッパレと読ませる この語源はアワレだというのだが ここでいうアワレはモノノアワレであり悲惨の哀れではない あってほしいこと ゆかしいこと に 天晴の文字を当てたのだという 多分 晴天で気分爽快な状態がアッパレなのだろう # by ikutayasuhiko | 2012-05-21 10:36
テレビ三昧 2012-5-20
朝 昨日買って来て冷蔵庫で干物に作っていた赤カマスを焼いて食った カマスは生を塩焼きしても旨いのだがが 背開きして塩を振って バットに並べて冷蔵庫に入れておくと 結構な干物に仕上がるのだった 一夜干しも旨いが2~3日置いて 水分が適当に抜けたものはもっと旨いのだった 朝飯のあとは いつものように「日曜美術館」を見た 今日のテーマは宮城県の生んだ彫刻家佐藤忠良氏でゲストは柳田邦男氏だった 宮城県の隣県 岩手県には同じく彫刻家の舟越保武氏がいた 帰省して仙台や盛岡の美術館に行ったことを思い出す 昼食のあとはこれもまたいつものようにテレビ囲碁対局を観戦した 今日の対局は 三村智保九段と謝依旻女流本因坊の対戦だった 謝依旻嬢に肩入れしているのだが 残念ながら投了 そのあとは たかじんのいない「たかじんのそこまで言って委員会」を見て 風呂に入り 晩飯にする こうして 何と言うこともなく 一日が過ぎて行くのだった # by ikutayasuhiko | 2012-05-20 21:34
地を這う日々 2012-5-19
永いことブログを休んでしまったなぁ その間に 孫たちが遊びに来たし 娘も久しぶりに里帰りした 楽しいこともいろいろ有ったのに 一方では「一乗院御用日記」の翻刻が思うように進まず ひたすら文字を一字ずつ調べ 仏教用語を調べ と 精進一筋の日々だった 昨日18日は その苦心して仕上げた 翻刻を発表する日だった 読めない文字も まだいくつも残っているし 読めた文字も 言葉として理解出来ないところも残っていた しかし 読めなくて当たり前 開き直って無知無学の自分をさらけ出して 先輩諸氏の指導を受けようと覚悟し A4の7頁ほどに纏めて大宮先生にお渡ししたのだった 発表は トップバッターが 寛文12年正月元日から10日までを 今年新参のIさん そして同じく新参の私が11日から20日迄を そして先輩のこれもIさんが21日から末日までと 三人で一ヶ月分を読む予定だった しかし 予定は予定以外の何物でもなく 始めてみたら 10日の途中で時間切れ 30分延長したものの焼け石に水だった 自分の心づもりでは 発表を終えて気分一新と思っていたのに それが来月に繰り越しになってしまったのだった さて 一乗院のあった興福寺は 明治の廃仏毀釈で一旦廃寺になって 寺宝も文書などの資料も散逸してしまった 今見る興福寺は荒廃した寺跡に残されていた一部の建物群と 明治政府に懇願して再興されたものなのだ この一乗院御用日記が書かれた時 すなわち寛文12年の一乗院の御門主様は 一乗院宮真敬法親王で 後水尾天皇の第十六皇子だ 慶安2年(1649年)4月に出生して 同年12月に一乗院に入れられた 俗名は常淳・富宮 字は正覚 10才で得度して信敬を名乗り 寛文5年(1665年)16才で興福寺・清水寺の別当に補された したがって日記に「御門主様」「御門跡様」として登場する主人公は このときはまだ23才でしかない ちなみに同じ門跡寺の大乗院の御門主 信賀は真敬より7才年上で30才になったばかりの若さだった 真敬法親王は 黄檗山の隠元などと交流があり また狩野常信に日本画を学び 山水画・人物画をよくし また書・詩文にも巧みだったといわれる # by ikutayasuhiko | 2012-05-19 14:50
図書情報館
昨日は「一乗院御用向日記」を持って図書情報館に行った この日記が書かれた時代の一乗院の門主は誰だったのか それはどんな人だったのかを調べたいと思ったのだった 興福寺の一乗院は大乗院と同じく摂関門跡寺院であり 当時は近衛家から門跡を出していることは判っているのだが この日記には門主様・門跡様とあるだけで その御名前は一切出てこないのだった この時代の各藩の藩主については かなり詳細に調べられて記録が残っている だからこの超ビッグな寺院の門主についても 一覧のようなものが出来ているのではなかろうかと期待して 図書情報館の「ふるさと」の書架の興福寺のあたりを見たのだが まったく期待外れだった (夜にネットで調べて 「続群書類従」の第4輯下 補任部に記載があるらしいことが判った) そのあとは いつものように「くずし字用例辞典」で読めない字や 読みがあやふやな字について調べた しかしこの辞典も読み方に見当がついていれば引けるので まったく見当の付かない字には効果がないのだった 大宮先生は忙しそうにしていたので 挨拶だけして帰宅した いろいろ反省して 「一乗院御用日記」を読むのと平行して この時代のほかの記録 たとえば「大乗院雑事記」などを読むことが 「一乗院御用日記」を理解するのに有効なのかも知れないと思った しかしこの暗闇を手探りで歩くような心細さはどうしたことだろうか ハウツーの無い世界に迷い込んでしまったなぁ # by ikutayasuhiko | 2012-04-25 09:25
一乗院御用日記を読む
金曜日に先生からいただいた「一乗院御用日記」を拡げて ちょっと眺めてはため息を吐くことを繰り返している 近世の興福寺の一乗院と大乗院とは摂関門跡寺で 両院の門主が交互に興福寺の別当を勤め また時には皇子が門跡ともなる大和の超ビッグな寺なのだった さて この日記の表紙は「寛文十弐子年 御用向日記 御用部屋」となっていて 御用部屋の担当者である執事のような人が 毎日の記録をとっていたものらしい そして この日記を見ると 一乗院では毎日何かしらの行事があって 御門主様は超多忙だったことが知られるのだった 私の担当する1月11日から20日までについて ざっと目を通したのだが 1月11日は 嘉例の如く行列を作っての御社参だとある 社参とあるから春日大社に参詣したのだろうか そのあとは 嘉例により千堂心経があり 酉の刻からは修正会だったとある 12日は嘉例により 大般若経から祓まであり 寺僧・衆徒・社家・東大寺中・町年寄などに朝昼晩とお節を下されている そしてこの日は能と狂言が行われた 13日夜は修正会があり 14日は心経会があり この日は清水寺から使者が金子百匹を持参 門主様は御書院にて御対面されている 15日は左義長があり 16日からは御門主様は16人のお供を連れて上洛され 17日に参内された このあとは 御門主様が留守なので特別に大きな記事はないのだった 解読するに当たって 能・狂言などの古典芸能についての知識が まったくないものだから まず演目についての読み方から判らないのだった 三番叟なんて言葉は有名だから知ってはいても 能楽には五流があって 大蔵流では三番叟ではなくて三番三というのだと言うことなど 今回調べて始めて知ったのだった このほか 修正会などは今でもあちこちのお寺さんでやっているからわかるけれど 千堂心経や心経会などはどうやって調べたらいいのだろうか 生憎坊さんに知り合いはないし ホント前途真っ暗なのだった # by ikutayasuhiko | 2012-04-23 14:00
散髪に行く
毛髪は毎日少しずつ伸びていくものだから 毛を生やしている本人には 髪が伸びたという実感がないのだった だから子供の頃に母親から 「床屋に行きなさい」と言われても なぜ行かなきゃいけないの と不満だった あの頃は理髪店とか理容店とは言わずに 床屋という江戸時代の言葉が生きていた 「床屋」を辞書で引くと (1)〔江戸時代、男の髪を結う髪結いが床店(とこみせ)で仕事をしていたことから〕髪結い床。(2)理髪店・理容店の俗称。 また歴史民俗用語として 鉱山において精錬をする所。とある 「髪結い床」というのは 室町時代からある男子の調髪、髭(ひげ)、月代(さかやき)を剃(そ)った職業。なのだという さて テレビで髪を伸ばした男子が出て来ると そんなむさい頭をしていないで 散髪に行きなさいと心の中で言うのだった 近頃は髪が伸びてくるとなぜか耳が痒くなって 不愉快になるのだった それで昨日は散髪に行ったのだが いつもは空いているのに 先客が何人か居るのだった それで暫く待って散髪してもらったのだが あとで家内に聞いたら 年金が出たからですよと言うのだった 年金は偶数月の月央に振り込みになる そうか 年金族は年金が入って財布が2ヶ月ぶりに重くなっているんだな しかし 散髪も年金支給にあわせて2ヶ月毎というわけにはいかんだろうなぁ などと詰まらぬことを考えるのであった # by ikutayasuhiko | 2012-04-22 08:48
図書情報館
昨日は 平成24年度の古文書研修会の第一回の日だった 早めに昼食を済ませて 借り出していた本を持って家を出た 返した本は 新潮新書 上原善広「異形の日本人」と 講談社学術文庫 加地伸行「漢文法基礎 本当にわかる漢文入門」の2冊 そして借りた本は 講談社現代新書 阿部彩「弱者の居場所がない社会 貧困・格差と社会的包摂」と 講談社学術文庫 加地伸行「漢文法基礎 本当にわかる漢文入門」の2冊 この「漢文法基礎」は文庫本だが なんと600頁もあって なかなか読み終わらないのだった さて図書情報館では このほど表題の「一乗院御用日記」を購入して 閲覧に供すべく目下準備中なのだという それで その冒頭の部分 つまり寛文12年の一年分を 今年一年かけて読み その読解文を図書館の利用者が閲覧出来るようにするのだという したがって 今迄は読み下しや註釈や解説などを付けていたのだが それらは不要なのだという そして本年度の受講者17名(内1名欠席)が 一乗院御用日記の寛文12年元旦から大晦日までの1年分のコピーをいただいたのだった 早速袋を開けて私の分担する部分を見てみたのだが なんとちっとも読めない まぁ家に帰ってから じっくり見ようと気を取り直して帰って来たのだった 今日はその私が担当部分 1月11日から20日まで A4版6枚をスキャナーで読み取り ワードに貼り付け あとは読解文を入力するばかりに準備したのだった あーぁ これからしばらく 苦しみの日々が続くなぁ # by ikutayasuhiko | 2012-04-21 13:39
奈良ファミリー
スーパーやコンビニが小売業の主流になってからは 小売店にそれまであった定休日制が無くなり お店は年中無休が当たり前になった デパートなどもこのような時流に引きずられて それまで木曜定休制だったのが いまでは正月に1日休むぐらいで あとはほぼ年中無休になったのだった だから 昨日は 買い出しに奈良ファに行ったのだが 近鉄デパートも営業しているものと思い いつものように5階に行った そしたら なんと書籍売り場のゲートは閉まっており 小さく開けたゲートの側に店員が立っていて 「本日は休日ですが よろしかったらどうぞお入り下さい」という 聞くと 近鉄社員とその家族を対象とする特別セールをしているのだという ついでに休日ということを知らずに来た客も入れて 買い物をさせようということらしい 店内に入れていただいて5階を一回りしたのだが あちこちに10~30パーセントオフの張り紙があり それを目当てに来たらしい客で賑わっているのだった しかし 近頃はとみに体力が落ちて 人混みは草臥れるのだった それで 早々に近鉄を出てジャスコに入り 地階で食品を買って帰宅したのだった さて 行く前に店が休みかどうか確かめなかったのはこちらの手落ちだが 中には勝手に休むなと怒る客も居そうだなぁ # by ikutayasuhiko | 2012-04-20 10:27
清美公社
昨日は 家内がデンタルクリニックに予約の日だったから 朝食のあと車で送って行った ついでに貯まっているゴミを清美公社の工場に持ち込もうと トランクにいろいろ積み込んだ そして家内が治療を受けているあいだ 車の中で文庫本を読みながら待っていた 治療が終わった家内を車に積んで 清美公社の工場に走った 今回棄てたゴミは 発砲スチロールのトロ箱5~6個で それは三陸の魚などを送って貰ったときの箱や おせちを入れてきた箱だった 発砲スチロールは軽いけれど嵩張るから邪魔になるのだった 昔は粗大ゴミの回収日というのがあって その日には指定の場所にゴミを出して置けば 回収車に持っていって貰えたのだが 増え続けるゴミに音を上げた自治体は そのような方法での回収をやめてしまったのだった そして これがあちこちに不法投棄されるゴミの原因にもなっているのだった ほんとにゴミの問題は市民には頭が痛いことだ たとえ欲しい物があったとしても それを使ったあとにゴミとして棄てやすいか否かが 購入するかどうかの分かれ道になるのだった 使い終わって不要になったとき 棄てにくい物は買うのをやめておこうとなるのだった 車が使えれば このようにして清美公社の工場に持ち込み 棄てて貰えるのだが 車を持たないお年寄りの世帯などでは なかなかそれも難しかろう 物余りのデフレの時代だと言われて久しいが その遠因はゴミ問題にもあるのだった # by ikutayasuhiko | 2012-04-19 08:34
天理参考館
明治35年の「奈良県5万円以上の資産家」リストに 「見積財産額10万円 山辺郡丹波市町大字三島 神職 中山新治郎」とあり 大正5年の「時事新報社第三回調査 全国50万円以上資産家」リストに 「70万円 中山正善(天理教管長)山辺郡丹波市町 略歴 中山正善は天理教管長なり 前管長中山新治郎大正4年1月死亡後管長の職を襲い中山家を嗣げるも本人は尚幼にして同地小学校に通学中なり」とある 天理市は天理教の門前町として 天理教と一体になって発展してきた もともとの地名はは丹波市という町だったのを天理市と改めたのも この町がいまでは天理教があって成り立っているからだった 町のいたるところに母屋とか信者詰所とよばれる大きな宿泊施設が建ち並び 祭礼のあるときは世界中から信者が集まるのだった この天理教の偉大なところは 集まった金を無駄に使わず 病院を作り大学を作ったところだろう そして天理大学の附属博物館として 「天理参考館」を作ったのだった その目的は 世界に布教する宣教師を養成することに資する為だとある さて 参考館で「大布留遺跡展 ―物部氏の拠点集落を掘る―」をしているというので家内を誘って行ったのだった 会場で展示を眺めていたところ 学芸員が来客を案内して来て展示の説明をはじめたのだった その説明を来客の後ろについて聴きながら展示を見たのだが 説明を聴くことで理解が増すように思われた 学芸員と来客との会話から察するに 来客は学校の先生か教育委員会の職員らしかった 修学旅行に参考館を利用したいということで その下見に来ているということのようだった 展示の解説が聞けてよかったね なんか儲けた感じだねと 家内と話しあったのだった # by ikutayasuhiko | 2012-04-18 08:44
万葉文化館
ベランダから見えている桜も おおかた花は終わって葉桜になった 「三日見ぬ間の桜」とはよく言ったもので 花の命はほんとに短いものだ 花は咲いてからよりも 花はまだかと待ちかね じれているときが一番良いのかも知れない さて 4月は世の中のすべてが新年度になり 昨日は 万葉文化館の友の会の講座の初めの日だった 20巻で4千5百首もある万葉集の歌を 月に一回 数首ずつ読んでいくのだから それは遅々として進まないのだった それでも今年は第3巻から始まるのだった 受講希望者全員を受講させたいということで 講座の会場も 今迄の講義室から特別展示室に替わった この展示室は美術品の展示用に作られているものだから 音響が悪かったのだが なんとか改善されて ハウリングが無くなり マイクの声が通るようになっていた しかし 今迄のアットホームな狭い会場からこの広い会場に移って 講師も受講者もまだ慣れないものだからいささか戸惑いがあるのだった 中央図書館 読み終えた本を持って図書館に行った 返した本は 岩波新書 坂上康俊「シリーズ日本古代史④ 平城京の時代」と 山川出版社 松岡心平「物語の舞台を歩く 能大和の世界」の2冊 そして借りた本は 岩波新書 吉村武彦「シリーズ日本古代史② ヤマト王権」と 同じく岩波新書 吉川真司「シリーズ日本古代史③ 飛鳥の都」の2冊 # by ikutayasuhiko | 2012-04-17 09:15
何事もない日曜日
昨日の日曜日は 昼からダスキンが換気扇の清掃に来てくれる日だった だから朝食のあとは私はいつものようにのんびりとテレビを見ていたのだが 家内はキッチンの掃除をしたり 流し周りの物をかたづけたりして忙しくしていたのだった 40年も住んでいると あちこちに不具合が出て来る もう建て替えの時期に入っているのだった 換気扇も何故かダクトへの接続が不具合で ファンを回しても汚れた空気が逆流してくるのだった そして ダスキンが来てくれて 丹念に油汚れをこそげ落とし うまく排気が出来るようにしてくれた ファンの音も軽く聞こえるようになった 若いころと違って今は揚げ物なども食べなくなった だから昔はレンジフードから油滴が垂れ落ちてきたものだったが 此の頃はそんなことはとんとなくなった とは言っても 煮炊きをすれば空気が汚れるから それを外に出してやらねばならぬのだった 狭い家屋では換気扇の負担は大きかった さて話は換わって 先日の京都祇園での大事故では 青信号で横断歩道を渡っていた歩行者が 信号無視の軽自動車に撥ねられて 7人もの人が死亡したということで その原因をめぐって 連日ニュースの時間に報道が続けられているのだった この事件の犯人の加害者はてんかんの持病があり 死傷事故とてんかん発作との間に 関連があるのか無いのかが 一つの焦点になっているのだった のちに死亡した加害者の血液中に てんかん治療薬の成分があったと報道された しかし私には 電柱に正面衝突して大破した軽自動車の その壊れ方の方に関心があった 目撃者は50キロぐらいの速度だったと言うのだが 電柱を抱き込んだようにして前部を大破した車をみると 「軽」は脆弱なのではないか 軽量にするために薄い鉄板を使用して 車の安全性まで弱めているのではないかと思ったのだった と言うのは 今私の乗っている車は15年15万キロになるので 以前から買い換えを考えており その候補として 軽自動車はどうだろうかと考えていたからだった 軽なら初期投資も維持費も安く上がる もう長距離を走る気力も体力も無いから ちょこまかと街走りだけだ なら軽でも充分ではないかと思ったりしていた そして ホンダがこの夏にキャンピングにも使える軽のNボックスを売り出すと聞いていた この年になってキャンプに行くつもりなどは無いのだが 車というものは 日常の足としての用途の他に 震災などの時にサバイバルツールとして使うものだったから キャンピングに使える程の広さがある車なら 便利だろうと期待していたのだった しかし一方では 軽なんて所詮ブリキのおもちゃだろうとも思っていたのだった そんなことをあれやこれやといろいろ考えていたところにあの衝撃の映像だ 軽自動車はやめておこうと心底から思ったのだった # by ikutayasuhiko | 2012-04-16 10:27
ウイルス セキュリティソフト
パソコンを起動させるたびに カスペルスキーが出てきて「あと…日」という セキュリティソフトの使用期限が近づいているから更新しろとうるさいのだった この一年 ウイルスに感染することもなく無事にパソコンを使えたのも カスペルスキー君が陰で守ってくれていたおかげなのだろうが このうるさいのはなんともかなわないのだった そこで 電機店に行ってみたのだが セキュリティソフトにも流行り廃りがあるかして 昨年はカスペルスキー社の1年3台用を買ったのだが 今年はカスペルスキーは置いていなかった 代わりに置いていたのはソースネクスト社の製品などだった 思案の末に更新不用というソースネクスト社のソフトを購入して帰った こんなパソコンソフトはネットで更新すればいいのだろうが ネットに預金口座などを打ち込むことには抵抗があるのだつた 僅かばかりの預金しか持っていないのだから 事故があったらそのダメージは大きいのだ だから ネットで買い物をしても その支払いはコンビニなどから現金で振り込むのだった 昨晩は買って来たソフトをインストールして 今迄使用してきたソフトのアンイントールをした カスペルスキーはまだ期限まで何日か残しているのだが うるさいのはもうかなわんのだった 期日が来ることを知らせることは必要だろうが 数秒間表示したらあとは自動で消えるようにしたらいいのに 一々ユーザーが削除しなければならぬというのはかなわんのだった このやり方については ソフトメーカーも一考して欲しいものだ # by ikutayasuhiko | 2012-04-15 09:01
奈良ファミリー
暖かくなってきた 夜寝床に本を持ち込んで読んでいるときに 肩や腕が布団から出ていても もうちっとも寒くはないのだった いままで掛けっぱなしにしていたエアコンを止めても 室内はほぼ20度もあるのだった 春だなぁ 昨日は 奈良ファに行って いつものように書籍売り場で新刊を眺め そのあとは画廊に行った 「四方道夫 絵画展」だった 京都の後背地である美山や丹波の萱葺きの古民家を描いているのだった もうこのような民家も建て替えが進んでしまって数少なくなったかして 同じ家を繰り返し描いているのだった 私たちが子供だった頃は 農家といえば茅葺き・藁葺きが当たり前だった 戦後になって カラー鉄板などが普及して田園の風景が変わったのだった 今では農業は機械化の最前線で 田植えも草取りも稲刈りも すべて機械がしてくれているのだった しかし そこに住んでいる人たちは 皆年老いてしまって耕作をやめていくのだった もうしばらくしたら日本の農村地帯は田畑が山野に戻って行く 風景は変転していくのだなぁ 輪廻だなぁ # by ikutayasuhiko | 2012-04-14 09:21
土倉庄三郎氏について調べた
先日の研修会で 谷弥兵衛先生から頂戴した「奈良県5万円以上の資産家 明治37年現在」を見ると沢山の人たちが名前を連ねている 今時の5万円ならサラリーマンの1ヶ月の小遣いで 大金ではないのだが 1世紀も昔の5万円というのは かなりの大金だったに違いない その表の中で 飛び抜けての資産家は ①吉野郡上市町の北村又左衛門氏(農業)の2千万円 ②南葛城郡吐田郷村の中野利三郎氏(農業)の3百万円 ③宇智郡五条町の栗山藤作氏(鉱山・林業)の3百万円 ④吉野郡下市町の永田藤兵衛氏(農業)の2百万円 ⑤吉野郡川上村の土倉庄三郎氏(農業)の2百万円 ⑥吉野郡下北山村の西村伊作氏(農業)の百万円といったところだ 栗山氏を除いて 全員職業は農業になっているのだが この時代には林業は農業の中に含められていたのだろう いま毎月図書情報館に通ってボランティアで整理をしているのが ④の永田家の文書だ 土倉庄三郎氏は この永田藤兵衛氏と並んでいる この6氏は奈良県で指折りの資産家だった 土倉庄三郎氏は 筏を流すために河川改修を行い 道路を整備し 吉野に鉄道を通すことを計画した ただし この人の偉いところは早くから自由民権運動などの時代の潮流を理解し 応援していたことだ # by ikutayasuhiko | 2012-04-13 15:03
奈良県立図書情報館
桜咲く陽春の候となり 幼稚園から小中学校さらには大学まで 新学期が始まるのだった そして 昨日は私たちも平成24年度の第一回の古文書整理のボランティアの日だった 家内が途中まで載せてってと言うので 早めの昼食を摂って家を出て 途中で家内を下ろして 満開の桜咲く佐保川沿いの道を下って図書館に入った 去年の古文書上級講座を受講した6人のうちの5人が このボランティアグループに新たに入るのだという しかし 本日はその5人の内の2人が欠席だった このボランティアグループは 新入りの私たち5人を含めて 総員は17人になるらしい 大宮先生からそれぞれが紹介されたのち 四つのグループの内 欠員の多いところに補充として配属された その後先生から仕事の説明があり 各グループに古文書の入った紙箱が配られ 本日の作業がはじまった 私たちのグループに配られた箱に入っていたのは 明治30年代に計画された吉野鉄道の 軌道の縦断面図と横断面図だった 「南岸線」「北岸線」と朱書きしてあるところをみると 計画は吉野川の両岸を利用して鉄道を走らせようとしていたものらしい 縦断面図は方眼紙を何枚も継ぎ足して 3メートル60センチにもなる 長大なもので 巻物のようにくるくると巻いてあった さて 吉野鉄道は この時の計画は挫折したのだが その後紆余曲折を経て大正時代に実現したのだった そしてそれが今は近鉄吉野線となっているのだった 鉄道史を研究している人がこの史料を見たら ほんとに文字通り泣いて喜びそうな資料だった # by ikutayasuhiko | 2012-04-12 09:30
奈良県立図書情報館
大和には沢山の神々が居られるのだが その神々の中で 桜をシンボルとする佐保姫と 紅葉をシンボルとする竜田姫とは 美女というのか美神といったらいいのか 女神中の女神だろうと思う 神は万能だからして あの丹塗矢に化けて 意中の乙女が厠にしゃがみ込んだのを見澄まし 川上から流れ寄って厠に入り 乙女のホトを突いたという究極のセクハラ神である大神の明神も 実は姫神なのだと松岡心平氏は その著「物語の世界を歩く 能 大和の世界」に書いているのだった たとえば能「三輪」では 「…女姿と三輪の神…」と謡う中 三輪明神が女性の姿で現れるのだという このほかにも「葛城」の一言主の神も 女神の姿で大和舞を舞うのだという どうやら 神様は両性具有なのかも知れない だから時には猛々しい男神になり ときには手弱女の姿に化けるのだろう そしてそのどちらが本性と言うことでもないのだろう ちかごろの日本では テレビでも女装した男が女言葉を話し体を微妙にくねらせている それを見ると 日本は再び神代になったのかも知れないと思うのだった 「おとこ女」がこのようにもてはやされた時代は かってなかっただろうと思う さて 奈良の桜も昨日満開宣言が出されたのだった ベランダから見える桜も 今を盛りと咲いている そこで 「佐保の桜」を見に行こうか と家内を誘って 読み終えた本を持って家を出た 図書館の前を流れる佐保川の両岸の桜が今丁度満開で 手頃なお花見スポットなのだった 土手には座り込んで花を眺める人 花見がてらのウォーキングの人と 春の女神の佐保姫を眺める人々の嘆息が聞こえるようなあでやかさだった # by ikutayasuhiko | 2012-04-10 13:04
内科検診
内科の検診を受けに病院に行った 採血してから暫くして医師の診察を受けたのだが 医師が今月はちょっと説明があると言う それは血液検査のために朝食を抜いて来て採血したのだが その血液の検査値の表示がこの4月から国際標準に替わるのだという 今迄のヘモグロビンA1Cの検査値は 日本糖尿病学会が定めた基準で これをやめて4月1日から国際標準で表示するように改めたのだという 従来の基準と4月からの国際基準では その数値に0.4ほどの差異があり 表示されている国際標準値から0.4を引いたら 従来の検査値と比較が出来るのだという そしてしばらくの間は 両方の検査値を並べて表示するということだった 私のヘモグロビンA1Cの数値は決して良くはないのだった ここ数年6.3から6.9の間で上下していて どんなに頑張っても5までは下がらないのだった そして今日の検査値も 国際標準では6.8 日本標準に換算すれば6.4で 前回の検査値は6.3だったから.1だけ悪くなっている しかしそれぐらいは誤差の範囲なのかも知れない 生活の隅々まで いろんなことが国際化していく 甥や姪たちは中国に留学したり オーストラリアに行ったりと 日本の国際化を謳歌しているのに Sマークの私は 東海の島国に生まれて 英語を学んでも書けず話せず 大学でのフランス語も一向に役立たず ネイティブの日本語すら覚束ないのだった # by ikutayasuhiko | 2012-04-09 12:13
奈良市美術館
車の修理も出来て 自由に走れるようになったので 奈良市美術館に行ってみた 奈良市生涯学習センターの写真倶楽部ジャックアンドベティが作品展 「ジャックアンドベティ写真展」をしていた 写真倶楽部ジャックアンドベティというのは 写真家久保田秀典氏が指導しているものらしい その会員は 余生を楽しく且つ有意義に過ごそうとする年金世代の人たちのようだ 大和のあちこちや あるいは遠い海外の風景が写し撮られて列べられていた 写真は デジタルの時代になって カメラも写真技術も大きく進化した ブレ補正などは勿論のこと 撮った写真の補正や加飾など 写真への加工が自由自在に出来るのだった そしてちょっと上等のプリンターを買えば 自分で大きな写真が出来上がるのだった 風景を切り取るのには 絵筆を使うという方法もあるのだが カメラを使えば一瞬にして それが出来 持ち帰ってパソコンを経由して あるいは直接にプリンターで写真が出来上がるのだった 写真を楽しんだあと 一階に降りて食材を買った 魚売り場を見たらホウボウを売っていた ホウボウはカサゴの仲間で異様なほどに頭の大きい魚だ 高級魚だからスーパーで買えるなんて珍しい 2尾を煮魚用に下ごしらえしてもらった このホウボウは 漢字では魴または鮄と書く そのほかに「竹麦魚」とも書くらしい 胸びれがかわっていて 下半分が指のようになっている それを使って海底を歩きまわっているのだそうだ だから「這う魚」がホウボウの語源だと言われている そしてこの魚 浮き袋を使って鳴くのだという その鳴き声が語源だとする説もあるらしい 夜に煮魚にして食べたのだが 「これが魚の味だょ」 と言うほどの美味だった 普段海底で小魚を食べて生きていただけあって ほどよくしまって身離れもよく 家内と二人で 旨い美味いと言いながら完食したのだった 今回は煮魚にしたのだが 鮮度が良ければ刺身にして美味いのだという 塩焼きもいいというのだが 身が厚いから焼きにくそうだなぁ イトーヨーカドーの桜もいよいよ綺麗になってきた # by ikutayasuhiko | 2012-04-08 09:22
奈良ファミリー
昨日は朝一番にホンダに車を持ち込んで 「EPSユニット」を交換した このような故障が起きるということは 15年15万キロを目前にして この車もついに終末期に入ったというのだろうか かって5~6年目ごろに初期故障の時期があって あちこちの部品を交換修理した それが一段落した後は 故障らしい故障もなく今日に至っているのだったが これからまた故障が増えるのなら 買い換えなければならないのかなぁ 昼から食材の買い出しに奈良ファに行った いつものように書籍売り場で新刊書を眺めて そのあと画廊に行ったのだった 画廊では「山口真功 油彩展」をしていた 私の行ったことのないヨーロッパの風景画だった 「日本人なら日本の風景を描けょ」と心の中で私の気持ちが言った まぁ人が何を描こうと 何を考えようとそれはその人の自由というものだ 私の嗜好に合うかどうかなどは私の問題であって その人の問題ではない しかしながら飜って今の政界をみていると この人たちはほんとに何をしようとしているのかと 疑問を感じることばかりだった 不退転の決意をもって消費税の増税に政治生命を懸けると大見得を切った野田総理の真意は 増税などはどうでもよくて 解散を避けてずるずると会期を延長して 来年まで延命することだという観測もあるのだった 国民新党の不細工なクーデター騒動など 政治屋たちは政局の先読みをして ただ右往左往しているのだった ほんとに見苦しいことだなぁ 奈良ファの帰途は 氷室神社の前を通って帰った 樹齢百年の枝垂れ桜はいまが見頃で カメラを持った自称カメラマンたちが大勢桜を取り巻いていた 片岡の梅林は紅梅白梅ともに いまが見頃と咲いていた 南都もこれでやっと春になった なお 平城宮跡の桜はぼちぼち咲き始めといったところだった # by ikutayasuhiko | 2012-04-07 10:05
天理よろづ
昨日は朝一番にホンダに電話して車を持ち込んだ ホンダはレッカー車を出すと言ってくれたのだが エンジンを掛けたら幸いに「EPS」の点灯もなく どうやら走れそうなのでレッカーは断って 自力でホンダまで走ったのだった そして点検の結果は「EPSユニット」の交換が必要ということだった 昔の車はフロントエンジン リアドライブが主流で 車の重量の配分が前後に平均していた それがフロントエンジン フロントドライブの車の時代になると 前輪だけに車重が掛かるようになり ハンドルが重くなるのだった そのためにハンドルを回すためにモーターを組み込んだのがパワーステアリングだ このパワステがあることで 非力な女性でも指一本でハンドルを回すことが出来るのだった もうじき15万キロになろうかというオンボロ車だ 買い換えを考えなくもないのだが 乗り手の方がもっと草臥れていて 明日をも知れないのだった それにこの車があって毎日の生活が成り立っているというのが現況だから 取りあえずは修理して乗るほかないのだった 「EPSユニット」は明日にも入るという それなら明日の朝また車を持ち込むよ と言って帰宅した 昼食を食べてから 家内を天理よろづ相談所病院まで送った いつもなら病院の駐車場に車を入れて待つのだが 駐車場でまた動けなくなって騒動を起こすことがあってはいけないと思い 家内を病院に置いて 終わったら電話するようにと言って帰宅した そして夕方遅くなつて家内はバスで帰って来た # by ikutayasuhiko | 2012-04-06 09:54
奈良市環境清美工場
昨日はデンタルクリニックに予約していた日だったから 朝10時頃に家内と家を出た ついでに粗大ゴミを捨てようと 車のトランクに 壊れた椅子 スタンド プリンター 蛍光灯器具 それに遙かな昔のオアシスのワープロなどを積んで出たのだった 歯科治療を終えて そのまま奈良市環境清美工場に行ってゴミを下ろしたまでは良かったのだが 帰ろうとしたら車のハンドルが動かない エンジンは掛かり直進は出来るのだがハンドルが切れないから走れないのだ 慌ててパネルをチェックすると「EPS」という赤ランプが点灯している ダッシュボードから取説を取り出してEPSについて調べたのだが パワステのシステムに異常が発生したらしいと言うことしか判らない それ以上に精しいことは書いてないのだった こんな時はJAFだ 毎年会費だけを払って利用したことがない こんな時には助けて貰おうと電話した 暫くしてJAFが来てくれた しかしEPSの異常の対処方法は知らないという 何度かエンジンを切ってかけ直すと正常に戻ってハンドルが動かせる時がある それで自宅まで走ることにした JAFの方は後ろからついてきてくれるという そこでスピードを落としてゆっくりと運転して家に戻ったのだった 帰宅してから ネットで 「パワステの異常」・「ホンダEPS」などをチェックしたら EPSの点灯事例についてはいろいろのことが書き込まれていた ステアリングフルードに原因がある場合 電子制御部品の劣化等による場合 メカニック部品の摩耗などによる場合など原因はいろいろあるらしい とにかく早いこと修理しないと生活が成り立たないのだなぁ # by ikutayasuhiko | 2012-04-05 09:05
爆弾低気圧
昨日は発達した低気圧の接近で 日本列島は風雨被害があるだろうという予報だったので 孫たちを早めに送り出したのだった そしてテレビを見ていると 各地で強風の被害が出て 転覆したトラックや倒木などの映像が映し出されているのだった 順調に走れば6~7時間で帰るはずなのに いっこうに連絡がない それではとネットで高速道の情報を見ると速度規制を実施中だとある 多分これに引っかかっているんだ だから1~2時間は遅れるんだろう などと家内と話していたところに孫娘から「いま着いたよ」との電話 事故が無くてほんとに良かったなぁ さて この「爆弾低気圧」という聞き慣れない用語だが 日本大百科全書によると 「急速に発達し、熱帯低気圧並みの風雨をもたらす温帯低気圧の通称。英語の呼称bomb cycloneを直訳した「爆弾低気圧」という名称が、マスコミ等で広く使われるが、日本では「爆弾」という表現に抵抗があることなどから、気象庁は「急速に発達する低気圧」と表現し、これを気象用語として用いている。」 とある 世界気象機関によっての詳細な規定があるようなのだが 素人が深入りしてもしようがないことだ 台風と爆弾低気圧との違いは 台風が熱帯低気圧の発達したものであるのに対して 爆弾低気圧は温帯低気圧の発達したものだということにあるらしい 昨日の爆弾低気圧は 雨よりも風の被害が大きくて 各地で飛行機や電車などの交通機関が止まり また停電もあった こんなふうに異常気象が頻発するなんてことは これも温暖化の影響なのだろうか 「春はあけぼの…」などと優雅なことをのたまっていた時代が まことに羨ましいことだなぁ # by ikutayasuhiko | 2012-04-04 09:01
中央図書館
明日新学期を迎えるために 孫たちは帰って行った それを見送ってから 読み終えた本を持って図書館に行った 返した本は 雄山閣 伊木寿一「日本古文書学」1冊 そして図書館の新刊の棚にあった岩波新書 坂上康俊「シリーズ日本古代史④ 平城京の時代」と 山川出版社 松岡心平「物語の舞台を歩く 能大和の世界」の2冊を借りて帰った さて 今上天皇は心臓手術は成功したものの 胸腔に水がたまる症状に悩まされているという この胸水症状は 多分腹水と同じ原理なのだろう とすれば それはけっして良好な状態ではないはずだ メディアは手術に伴って多く発生する症状で心配は要らないと 医師団が言っていると言うのだが 考えて見るがいい 心臓や脳の周辺にメスを入れるなんて 決して軽いものではない それを手術後10日ほどで公務などするべきではないと思う もっとゆっくり体を休めなければと思う 天皇の年齢を考えればもう隠居して当たり前なのだ 私なども 少し体を動かすだけで息切れがする そして 走り回って疲れを知らない孫たちを見ていると 自分たちにもかってはあんな時代があったんだなぁ となつかしく昔を思うのだった そしてまた 次に孫たちが来てくれるのは何時になるのだろうか それまで生きていられるのだろうかと 切なく思うのだった # by ikutayasuhiko | 2012-04-03 11:32
近鉄美術画廊
昨晩遅くに着いた3人の孫たちは 今日は神戸に行くと言って出て行った 夫婦二人のひっそりとした暮らしを破って 5人もの大所帯が割り込んで来たのだから なんともはや 「てんやわんや」というのはこのことですよといった状態だった 今晩は何を食べさせようか と老夫婦は思案する 前回来たときには餃子を大量に焼いた そしてそれが好評だった 私たち夫婦は焼き魚か煮魚があればそれで満足するのだが 孫たちの幼い舌は魚の旨さなどは判らないのだった よし 今回も餃子にするか それとご飯は炊かずに古市庵の大阪寿司にしよう なまじっか何かを作っても 美味しくなかったら食べて貰えずに 大量に棄てるばかりだった それに7人分を調理する大きな鍋釜も無いし 食器も揃わないのだった 簡便なやり方で行こうと方針を決めて奈良ファに行ったのだった いつものように5階の書籍売り場で新刊書を眺めて それから美術画廊に行く 画廊では「山内敬三・宮腰清光 二人展」をしていた このお二人 経歴を見ると60歳の還暦・定年を機に絵を学ばれて それから10幾年 蛍雪の誉れ高く このようにアーチストに転身されているのだった サラリーマンは定年になればよほどの能力を持っていれば別だが みな会社から放り出される もっと働きたいと言っても 再雇用して貰うと賃金は安くなる だから大方の人は まぁ若い人の雇用機会を奪ってはいけないなどと屁理屈をこねながら 雇用保険給付を貰い年金を貰いして 働くのをやめるのだった しかし 長寿の時代には長い余生を持て余すのだった まわりを見ていると家庭菜園に凝り あるいはパチンコに通いして 無駄に余生を浪費している たとえ計画的に余生を過ごしても 誰もがこのお二人のようにうまく行くわけではないだろうが これからは余生をどう過ごすのか もっとしっかりした指導が要るのではないだろうか と強く感じたのであった # by ikutayasuhiko | 2012-04-02 13:47
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